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Open Sesame!

日々の観劇の感想や感じたこと

1/29「幸福な職場」世田谷パブリックシアター


観ている間、なにもお涙頂戴シーン満載というわけでもないのに、何度も涙が出てきた。
それは、この話が”実話”であるということを実感すればするだけ温かい気持ちで胸がいっぱいになって止まらなかったからだ。
脚色されていることはわかっている。けれど、現在のこちらの会社の取り組みを見れば、会長さんのインタビューを見ればわかるように、大事なところは全て”本当”なのだ。

世の中、捨てたもんじゃないなって思った。
そして、私もまたこうありたい、こうなれるんじゃないかって思えた。

この作品は『全国初の心身障害者雇用モデル工場第1号となった日本理化学工業が、昭和30年代、初めて知的障害者を雇用した時の物語。』公式サイトより

 

とっても優しく心の広い経営者が、知的障がい者の人が雇用先がないならうちが積極的に受け入れよう!と言いまして、その考えに、従業員たちもすぐに納得!
心優しい専務と社員の方のおかげですぐに仕事を覚え、幸せになったのでしためでたしめでたし!

なんて簡単には、いきませんでした。

昭和30年代のお話というわけで、私自身、なんなら母さえ生まれていない時代のことは私にとっては想像するしかできない。
けれど、今よりもずっと障がい者と呼ばれる方への偏見や差別が強かったであろうということはわかるし、それは作品中に使用される言葉から見てもわかる。
そんな時代に、養護学校の先生の熱意に折れる形で”雇うのではなく実習”という条件で、知的障がいを持つ聡美ちゃんを受け入れた会社。
専務や、従業員たち、先生、それぞれが触れ合い苦悩し、知ることで変化していく。決して簡単にはいかなかった決断へ進む、そして今へと繋がる物語。

 

基本的には経営者である専務(安西)の視点で話は進む。
彼は、父親が亡くなったことで会社を継いだものの、役人出身の彼をよく思わない者もいて社員との信頼関係がうまく築けていないし、経営についても悩みは尽きない。
そんな中やってきた養護学校の佐々木先生(馬渕)の「うちの生徒を雇って欲しい」という言葉は悩みの種にしかならなかったと思う。
作中では先生に土下座までされて頼み込まれていて、普通の人ならそれだけで戸惑うし、頼むからそんなことをしないでくれと思うだろう。

専務は、従業員を雇うことは何十年とその人の生活を預かることになる、今はお母様が生きているからいいけどその後のことはどうする。箸の上げ下げまで面倒見切れないと本音を言った。
私は、この言葉にとても納得したし、優しく責任感がある人の言葉だと思った。

しかし、その後の先生の「それなら安心してください。彼女たちの寿命は短いです」という悲痛な表情で告げられた言葉に、言い表せない何かが突き刺さってきた。

施設に入れば彼女は働く幸せを感じないまま死ぬことになってしまうと、先生は言った。
専務は、聡美ちゃんを実習生だから給料は払えないとして迎え入れた後も佐々木先生の話から、彼女たちのような子は施設に入ると手術を受け生理をなくす、つまり妊娠できないようにされると教えられる。職員の手を煩わせないように、望まぬ妊娠をしないように、同時に愛した人の子どもを産むという夢さえも取り上げられてしまう。
大学では法律を学んでいながら何も知らなかった、とショックを受けている専務の姿はこちらも堪えた。私も知らなかったからだ。
その事実だけでなく自分の無知も突きつけられ、言いようのないショックがあった。

物語が進むと、聡美ちゃんの楽しそうに仕事をする姿に心を打たれた社員たちがどうにか彼女がこのまま働けないかと考えるようになる。
そして、久我さん(谷口)と原田(松田)が配送の仕事で不在の日、専務が聡美ちゃんのテストをしてみるものの二人の手助けがなければ満足に仕事ができないことを知る。
計量をするにも時間を見てボタンを押すにしても、聡美ちゃんは数字が読めないのだ。
雇ってあげたいという気持ちだけがあっても、経営者としてはそれだけではやっていけない。
「経営者として従業員に迷惑を掛けていた」という専務の言葉に、聡美ちゃんは密かに想いを寄せる原田に自分が迷惑を掛けていたと知る。
そこで聡美ちゃんが会社に来れなくなってしまうなど問題が発生するが、そのことをきっかけに専務は聡美ちゃんが色の認識はできるということに気付く。

そうして、計量は色で判別させ、時間は砂時計で説明するなどアイデアを出した。

「仕事に人を合わせるのではなく、人に仕事を合わせる」とは住職(中嶋)からの言葉だった。専務はそれを実行することに成功した。
彼らは、聡美ちゃんを思いやることで自分たちの作業効率も上がることを知った。
明るい彼らの表情と共に、自分の心にも光が射すような、何とも言えない温かさが胸に広がった。

実習が終わる日、専務が給料をひとりずつ手渡していく。
最後に、聡美ちゃんにも給料をくれた。
そして「正社員として迎えたい」と言ったのだ。
よく理解できてない聡美ちゃんと、泣き崩れた先生。

それから50年。時は経ち、久我さんの息子が専務──現在は会長、の元を訪ねる。
時代に合わせて必要とされるものは変化していく。それに対応してくれたのは社員たちだ。
そう答えた会長に久我さんの息子が「それで、その人はいまどちらに?」と聞くと「今お茶を出したでしょう」と言う。
勤続50年。変化する時代に合わせ会社を支えた社員のひとりには、今も聡美ちゃんがいる。


実際、聡美ちゃんのモデルになった方はすでに退職されているけれど本当に長く働いていて今も存命で聡美ちゃん役の前島さんがインタビューをしていた。
作中、障がい者の人の寿命は短いと言う話が出るけど、その人はそれに当てはまっていない。
それは、働くことで人の役に立ち人に必要とされる幸せを得て充実していたからなんだ、とこの舞台を観た人は必ず思うはずだ。

この作品は、リアルに人が生きていて、誰の気持ちにも少しずつ共感できるところが凄いところだった。
そりゃもうすごい、だって、聡美ちゃんにだって私は共感したのだから。

常に悩み雇ってあげたいけれど社員の生活が、会社が…時には「君が迷惑をかけている」なんて言葉さえ言ってしまった専務の気持ち。
子どもがもしかしたら何らかの障がいを持って生まれてくるかもしれないという不安を持ちながら、聡美ちゃんに優しく接する久我の気持ち。
近隣の人からの視線に耐えきれなかったり、仕事に持つ理想から聡美ちゃんのことを受け入れきれずにいた原田の気持ち。
大事に教えてきた生徒のため、どうにかはたらくという幸せを教えてあげたい、知ってほしい先生の気持ち。
好きな人に愛されたい、子どもが欲しい、「いつかあなたとてをつないであるきたい」聡美ちゃんの気持ち。

住職は立場上違う目線から描かれているが(それでもおちゃめなところがあったりする)、皆が皆ただ優しい人として存在するのではなくそれぞれの立場から色々考えていて社会人としてのシビアな面もありつつ、けれど人間として相手を思いやる心もある。その両方が混在した中で、聡美ちゃんという人を軸にそれぞれが答えを出している。
それに、彼らは聡美ちゃんの親や兄弟でもなんでもなく、あくまで他人でありながら会社というひとつの組織の中でこれだけ心が繋がっている。
その結果が会社の成長にもなっているのだから、本当に凄いことだ。


私は知的障がいを持つ人の気持ちを全て理解することなんて絶対にできないけれど、それは健常者同士だって同じことだ。
健常者だから障がい者だからというのではなく、できるできないから、ではなく。
誰に対しても思いやる気持ちを持てるよう心掛けることがまずは大事なのだと思う。
私自身が専務や久我や原田、そして先生のように振る舞えるかと言ったらわからない。その時になってみなくてはわからない。けれど、まずはこういう実例があるんだと言うことを知れたことが嬉しい。できるかもしれない、と思えるのだから。
同時に、いま私はどれだけ人とコミュニケーションが取れているだろう、相手を思いやった会話ができているだろう。そんなことを考えた。

 


安西君のお芝居は相変わらずとても良くて、スッと心に入ってくる。
彼の芝居を見ている時は、素敵な舞台、素敵な小説、素敵な映画に出会った時の感動をずっと味わっているような気分になれる。
何より、アフタートークでも言われていたけど安西君のまっすぐさが大森専務にとても合っているんだろうなあ。
またこういうエリートっぽかったりする役かと思っていたけど、今回は幸せで真っ当な人生を歩んでいてくれてよかった。
松田君は、聡美ちゃんに対しぶっきらぼうだけど惚れられてしまうという説得力がまず容姿からあって(笑)
そして、原田の微妙な心境の変化が感じ取れるのがとても良かった。原田みたいな人はね、多いと思う。
賢志さんは、単純にかっこいいなあと思っていたんですけど聡美ちゃんに出会ってからの優しい雰囲気や生まれてくる子どもに対する不安を吐露する場面、また原田への苛立ちなどワイルドな容姿に反して繊細なお芝居がうまいなと思いました。
馬渕さんと言えば私の中ではDステの検察側の証人なんですけど、雰囲気が全然違うのでびっくり。
聡美ちゃんや生徒に対する優しさ、専務の無知に対する責めるような視線、感謝の涙…先生が下手な人だったら感動しないだろうなと思う。馬渕さんで良かったです。
中嶋さんはお茶目な住職なんだけど、締めるところは締めるというか大事な台詞の時の声のトーンがさすがベテランだなと思いました。
そして、一人違う住職という立場からの助言などの雰囲気の差みたいなものが凄く良かったです。
そして、聡美ちゃん役の前島亜美さん。彼女が良かったから私はこんなにも感動したのだと思う。役自体はとても難しかっただろうし、どう演じたら良いのかきっと悩んだはず。でも、彼女はただ真っ直ぐに演じることが楽しいと表現してくれた。アフタートークでもそんな話をしてくれたけど、どう演じるかとかそういう理屈っぽいところではなくその素直な表現が聡美ちゃん自身の純粋さとリンクしているのだと。だからこんなに聡美ちゃんが魅力的だった。
”アイドル”と呼ばれる子にもいろんな子がいる。舞台に立ってうまい子もそうでない子もいる。彼女は間違いなく、もっと舞台で可能性を広げられる存在だと思う。

 

簡単なはずなのに、実は難しくてそれでいて大事なことを今一度考える、思い出すきっかけをくれる。
専務のアイデアから導き出された”聡美ちゃんに合わせることで、みんなの作業効率も上がる”というひとつの答え。
できるから良いのではない。常に相対する人を思いやる心があれば、それをみんなが持てれば、物事は良い方向へ向かっていくはず。
理由があるから思いやりを持って接するのではなく、誰のことでも思いやれる人間でありたい。

とても良い舞台でした。久々にこんなにあたたかい話を観た。


『人に何かをしてもらったら「ありがとう」』から始めよう。