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Open Sesame!

日々の観劇の感想や感じたこと

12/30「刀剣乱舞 虚伝 燃ゆる本能寺(再演)」銀河劇場

観劇

 


初演は配信で初めて見て興奮して、DVDは何度も観た。
再演は絶対に生で観るぞと意気込んだ。
映像と違って、全体を見るのも双眼鏡を使って一点を見つめるのも自由。
初日から話題になっていたように初演とは少しだけ、けれど大きく意味のある演出や脚本の変更があった。
気になる台詞も、派手になった殺陣も、見たいところはいくらでもあった。
それなのに、どうしてもへし切長谷部から目が離せない瞬間が多すぎた。
彼を見ながら、何度も息を飲んだ。

へし切長谷部という刀剣男士について、そこまで深く考えたことはなかった。
一番好きなキャラクターではあるし、刀について書かれている本も読んだりしたのでそれなりに来歴は知っている。二次創作も読む。
でも、刀剣乱舞はゲームもメディアミックスもふわっと楽しんでいたところがあるし、刀剣男士それぞれ本丸ごとに印象も違うとなるとキャラクターについて深く考えても意味がないような気がしていた。
だから、私の中の『へし切長谷部』というキャラクターはそこまで固まっていないし、よほどのことがない限り解釈違いということもない。
ゲームでも花丸でも刀ステでも、どんな長谷部もだいたい好きだ。

それが初めて、この”とある本丸のへし切長谷部”について色々考えることになった。
ハッとさせられたその瞬間の感情はうまく言葉にできない。理屈ではない部分で、どうしようもなく胸が震えた。

まず、初演と再演で芝居自体がだいぶ違っていることに驚く。
初演のDVDは何回も観ているから、和田部の台詞回しや声のトーンは(その一公演分だとしても)頭に残っているし、映っている限りは表情もよく覚えている。
だからこそ、再演を観てその違いが明らかだった。

織田の刀に対する声色が優しくなっている。
「俺の中の信長を知ってどうする」
宗三に対するこの台詞、初演の時はもう少し突き放すような、それでいて自嘲も込められているような言い回しだった。
それが、柔らかく優しい諭すような声色になっていた。
そしてこの時、宗三に言いたかったのはおそらく不動に向けた

「俺たちにではなく、自分の心に問え」

この台詞を、和田君は一番好きな台詞としてりんたこで語ってくれた。
だからきっとこの台詞こそが、和田君が歩んできた刀ステ本丸のへし切長谷部なんだと思う。
このとある本丸のへし切長谷部はきっと、そうやって自分の心に問いかけてきて今があるのだ。
和田君は、個人的な解釈として長谷部も不動のように『歴史を変えたい』と考えたことがあるのではないかと語ってくれた。
自分だったらそう思う、とも。
けれど、同時に「主命とあらば、なんでもこなしますよ」という長谷部を象徴する台詞のとおりに今の主のことも想っている。(若干意訳してます)

和田君がそうしてたくさん考えてくれて辿り着いた解釈の先に、不動を見るあの表情がある。
明智光秀を殺せば信長は死なない、それをわかっていながらできずにいる不動を見る表情。
これを劇場で見た時は胸が詰まるような思いがした。なんて顔をするんだ、と思いながら泣きそうになったのを覚えている。
もし不動が光秀を傷つけるようなことがあればすぐに対処できるように、と刀を抜いて構える薬研と長谷部。ブレずに真っ直ぐ不動を見据える薬研とは対照的に、長谷部の表情は苦しそうで手に力が籠るのか剣先が震えていた。
彼の中には『不動を止めたくない=信長を助けたい』という気持ちがほんの僅かだとしてもあるんだ、と思うと堪らなかった。
和田君の「歴史を変えたいと思ったことがあるのではないか」という解釈がここで生きている。
信長を憎む気持ちと同時に、顕現したばかりの頃の自分と重なる不動の考え方や行動への同族嫌悪のようなものが彼の中にはあったのかもしれない。

そして、信長が自刃して果てるその瞬間。
初演ではただ見つめるだけだった長谷部が、悲痛な表情を浮かべて首を横に振り、信長に向けて手を伸ばす。

へし切長谷部という刀は、人の身や心を得るにはなんて生きづらそうな刀なんだろう。

信長に対する思いにしても、長政様に対する思いにしても。
(おそらく)大好きだったのに下げ渡されたから、憎む。
大好きだったのに置いて逝かれたし共に逝けないから、忘れる。
過去のことでさえ、そんな不器用で極端なやり方でしか自分を保っていられない。
物である彼らに人間のような生死の概念は元々ないはずなのに、しょせん自分は物で相手は人間だからと割り切れない心の豊かさが彼自身を傷つけている。
不動のように表に出すことができたら違うのかもしれないけど、この刀はもっと複雑に考えることができる分損だ。

人は誰であっても死ぬ、信長であっても同じことだと不動に冷たく言っていたけれど、長政様の死に強く心を痛めていた長谷部だったからこその重みのある言葉なんだろう。
きっと、彼を作った人、主だった人。
それぞれが、へし切長谷部に対してそういうたくさんの想いを込めて扱ってきたからこそ、付喪神として顕現した彼がこんなにも人間らしい心を宿しているのかもしれない。

本能寺の変では、すでに黒田家にあった長谷部にとっては元の持ち主である信長の死を目の当たりにするのは本丸に顕現してからが初めてということになる。(刀ステ時点での出陣回数は不明だけど)
信長の死に辛そうな表情をしていた彼が、気持ちを切り替えて光秀を護るために戦う。

「主に仇名す敵は切る!」

と、やはり今大事にすべきは現主なのだと理解している。
歴史を変えたい、という気持ちを振り切った彼がこうして真剣必殺している。

そして、明智光秀の言葉。
「あのお方に必要とされたかった」
「あのお方に見捨てられるのがこわかった」
この言葉にハッとするような表情を見せる長谷部は、きっと光秀の中に自分と重なるものを見つけた。
和田君自身も、長谷部には不動や宗三、薬研とはまた違う明智光秀と通ずるものがあって、だからこそああいうお芝居になったのだと言っていた。
他の三振りには直臣でもない者に下げ渡された長谷部の気持ちはわからないだろう。
不動が長谷部に対し「ちいせぇな~」なんて言うシーンがあるけど、可愛がられていた蘭丸の手に渡った不動に何がわかる?と思ってしまう。
その中で、若い蘭丸と比べて老いていくことを恐れ、ただ必要とされたかっただけだと願う光秀に長谷部は一瞬でも自分を重ねていたはずだ。
和田君は初演よりも人間らしく演じたい、と希望していたと語ってくれている。どう演じるかのプランを立て、そしてあとは舞台上で生まれてくる感情のままに。舞台中はいろんな感情が入ってきて、終わった後は身体とは別の部分でとても疲れていたと。
それだけの熱量を、想いを込めて演じてくれたのは観ているこちらにもしっかりと伝わってきた。

刀ステ長谷部の背景には、彼が刀として背負ってきた歴史、本丸に顕現して肉体を得てからの葛藤や変化、そして優しさが見えてきてとっっても嬉しい。
へし切長谷部を好きでよかったとも思うし、和田君が長谷部として歩んでくれて本当に良かったと感謝でいっぱいです。

和田君は、もっとキャッチ―な芝居をするイメージがあった。
キャラクターを捉えるのが上手だし、2.5次元向きだなと。
原作ファンの喜ぶところを抑えつつ、ギリギリのラインを攻めるのも上手という印象だった。

2.5次元で上手だなと思う役者さんには、私の中で二通りあって
ひとつは、キャラクターが原作から出てきて三次元にいるかのように演じるのがうまい人
もうひとつは、キャラクターが現実を生きているように演じるのがうまい人
キャラが三次元にいるのと、現実に生きているというのは似て非なるものだと考えている。

どちらが良いということはなく好みの問題で、和田君は前者のタイプだと思ってた。

でも、今回のへし切長谷部を見てイメージが変わった。
こういうお芝居をするんだ!!と、驚かされました。
演目全体のことにしても、キャラクターのことにしても、深くまで自分なりに考えてそのうえでプランを作りその時その時を生きているんだなと思うと、嬉しい。
和田君は「演じました」ではなく「歩ませて頂きました」と言うけど、それも上っ面だけじゃなく中身が伴っている。
その人物がこれまでどういう人生を生きてきたか、が伝わってくるお芝居をする役者が好きなんだけど和田君もそうなのか。
これは、2.5次元以外での和田君も見たくなってしまうな。
今まではただ「可愛いな、かっこいいな」だったのに本格的に役者として気になってしまうと、これはまた推しが増える。

もちろん、長谷部や和田君だけでなく、他の人もそれぞれの思いを抱えて演じていたのが強く伝わってきました。
それは座組全体を通してもそうで、今回メインは新キャストが二人いるけど仲の良さや信頼がこちらにまで届いてきて和みました。
末満さんがキャストを信頼しているからこその難易度の高い殺陣も、派手で見応えがあってエンタメ感が増していて楽しかった!
殺陣が長すぎると飽きるし、短いと物足りないけど、末満さんとはそのあたり相性がいい気がしています。

荒牧くんは元々殺陣が綺麗だけど、今回はブログで語ってくれたように印象に残る技もあって改めて凄いなと感じた。
いち兄と鯰尾、廣瀬くんと大志くんのコンビネーションも良かった。

宗三ヒデ様の踊るような殺陣はやはり生で見ることができて良かった…。
ダンスがうまいし手足がしなやかだからか、ひとつひとつの動きがステップみたいで、その流れるような動作が宗三のイメージに合ってる。

鶴丸の健人くんは、染様の鶴丸があれだけ良かった分どうなる?と思ったけど、違うタイプの鶴丸を演じているのを見ておお!となりました。
染様の鶴丸はまさに「年の功」っぽいズルさみたいなものがあったけど、健人くんはもっとトリッキーでマジシャン的な掴みどころのない雰囲気があった。


私が見た回は軍議がきんつばミュージカルだったり(笑)
不動と客席のやりとりだったり、紅白戦で見せた燭台切の長谷部への挑発の仕方だったり、最後の鶴丸の山姥切への無茶ブリだったり、笑いもいっぱいありました。

興奮しながら観ていたのでところどころ記憶が飛んでいるけど、とにかく楽しかった。
観に行ってよかった、観に行けて良かった。

織田信長ほど有名でロマンのある武将はいないと思うし、そのうちひとつの”虚伝”を見ることができてよかった。
やっぱり、戦国武将好きだ。
『虚伝 燃ゆる本能寺』は終わってしまったけど、また次があると思うとうれしいです。


まずは、チケ取りの陣にて勝たなくては。